浮き沈み

はす向かいのお宅が空き家になったのは、去年の冬の初めころだった。

広い敷地内に3軒ほどの家が建っているのだが、ある時からすべて無人になり、家の中から次々に木製のタンスや机などの家具が運び出され、庭に出したままになっていた。

道路よりも1メートルくらい低くなっている立地であることに加え、生い茂って目隠しになっていた草木なども刈られていたので、行き来するたびに丸見えなのだ。

しかし、いっこうに業者が片付けに来るでもなく、長いことそこに放置してあった。時々誰かがきて、工具を使って家具類をバラしている感じだった。

特に誰に迷惑をかけているわけではないので、不思議に思いつつも、「急がずゆっくり、最低限の予算で片づけるつもりなのかなあ・・」などと、ちょっとのんびりしたその風情を楽しんでいるくらいの感じだった。


それが、昨日くらいから、急に大きなチェーンソーの音が聞こえるようになり、テレビの画像が乱れるようになった。最初は何かの偶然だと思っていたのだけど、電ノコのブーーーンという音が鳴っている間だけ乱れるので、たぶん関連性がある。実際、旦那さんがいろいろ調べたら、電磁波が出るものもあるので、そういうことがあるらしい。

外を見てみたら、お庭の業者さんが来ているらしく、敷地内に立っていた大木を伐採しているようだった。

で、今日はもっとひどかった。

テレビの映像が乱れるだけじゃない。午後に薬局へ薬を取りに行こうとして外に出たら、木屑の粉が大量にその辺りを舞っていて、黒い服で出たら10メートルも歩かないうちにまだらになってしまった。

ゲホゲホ言いながら一旦家に入り、白っぽいのに着替え、マスクもきちんとあらかじめ装着して、とりあえず帽子をかぶって出直した・・・。しかし喉はイガイガ、頭は粉だらけである。

いくら外を歩く人が少ないからといって、通りの真上に当たる位置で伐採するなら、少しは気を使ってほしい。

誰か通る時はノコギリを止めてくれたらいいのに・・・と思ってしばらく手前で待ってみたが、止める気配がないので、直接頼んでみた。そしたら止めてくれたけど、舞う木屑が地面に落ち着くまでには、少しの間がある。

木の上にいる人に向かって、「これいつまで続くんですか?なんかうち、ノコギリの音が鳴ってる間、電磁波が干渉するみたいで、映像が乱れてテレビ見られないんですけど・・」と言ってみた。

そしたら「そんなこと聞いたことないっすけどねえ!たぶんそれ、関係ないすよ?」と鼻で笑われた。。しかも、頭上からである。まじか・・・。

ご近所のこともあるので、それ以上は言わず薬局に行ったのだが、なんか情けなくて恥ずかしくてもう、やりきれなかった。動画をとって、ノコギリ音と映像の乱れに相関性があることを記録してやろうかと一瞬思ったが、なんだか全てが無駄に思えて心の底からげんなりしてしまい、やめることにした。

この状況で外出自粛と言われると、なんだかもう、逃げ場がない感じがするなあ。まだ喉の調子が悪い。やだやだ。


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のっけから嫌な話をしてしまった。ごめんなさい。


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楽しみにしていたマルの舞台が中止になるというお知らせが来た。FCの自分の名義で舞台のチケットが当たったのなんて初めてだったので、楽しみにしていたんだけどなあ。

夕方くらいに、本人がそれを知らせる内容の動画が送られてきたので見た。

自宅かどうかはわからんが、ちゃんと片付いたところにいて、髪も顔もちゃんとしていたし、血色も良く、体調も良さそうだったので良かった。本人もかなりやりたかったらしく、ままならぬ事態に苦悩している様子は見せていたが、その表情すらも生きているからこそだと思えたのであった・・。

推しは元気でいてくれるだけでファンサである。尊い。

こないだまで元気に活躍してた人が、ある時急に病気になり、あっというまに儚くなって消えてしまうことだってあるのだ。もう健康に生きてさえいてくれれば、後のことは大概どうでもいいと思えた。

やりたかった舞台は残念だったが、いつか本人の納得いくようなところにおさまったらいい。ともちゃんと一緒にそれを見に行けたらもっといい。


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今日の夕飯はジャーマンポテト的なものだった。写真はない。

ジャガイモ2個を洗ってラップしてレンジでふかし、1センチくらいの厚さにスライスして、多めの油でフチがかりっとする感じになるまで焼く。少しだけ塩をしてから、斜めに切ったジョンソンヴィルを投入。いい感じに炒まったらちょっとだけチューブのニンニクを入れてなじませる。

たまねぎは息子氏が嫌がるので入れなかった。


それと、きゅうりの生姜梅酢。きゅうり4本分の即席漬け。

うっかり8本入りのきゅうりパックを買ってしまったのだが、生協で不揃いきゅうりパックも注文していたのを、すっかり忘れていたのだ・・。15−4=11本のきゅうりが未だ冷蔵庫にある。とほほう。


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「コウノドリ」の傑作選を見た。先週も見た。

初回放送時はあまり直視できなくて、あんなに話題になった名作なのに飛び飛びにしか見てないんだけど、今回は続く限りは見てみようと思う。

「赤ちゃん苦しいかも」という表現を目にした時の、刺すような胸の痛みや、息が上がる感じからは、少しずつ遠ざかってきている気がした。


その前の枠で金スマにYOSHIKIが出ているのもちょっと見た。

YOSHIKIが「天は乗り越えられない試練は与えない」という格言が好きだと言っていた。自分は子どもを亡くしてからものすごくその格言が嫌いだったのだけど、最近はそれさえも少しずつまろやかになってきてることに気づいた。

きっと、過去にあったことを自分の心がようやく乗り越えかかっているんだと、そう考えることにした。


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まあ要するにTBSをつけっぱなしだったわけなんだが、そのあと、あの鶴瓶の番組でいいものを観れたので、とってもラッキーだった。


この歌すごい好きなんですよ・・・!高橋優の「8月6日」。
それを、なんと佐藤健が歌ってた!!!

ちょびっとだったけど、素敵だったし見れて嬉しかった。

で、改めてこの曲聴いたんだけども。すごいいいわ。

人が人を思う純粋な気持ちにあふれた歌というか・・・とってもきれいで、今日あった嫌なことや、悲しかったことややりきれなかったことが、洗い流されるくらい良かった。

優くんはすごいぜ。


こないだ日曜の深夜にやってたラジオの特番も、リアタイで聴いてたけどすごくよかった。何曲も弾き語りしてくれた。まだタイムフリーで聴けるみたい。もう一回聴いちゃおうかな。
長年ラジオ「大倉くんと高橋くん」を聴いてきたけども終わってしまったので、FCに入ってみるかどうか、わりと真剣に検討している。


ラジオを毎週聴いてるうちに、自分の中の優くんの存在ってちょっと特別なものがあるかもと思うようになった。何かの基準になってるというか・・・うまく言えないんだけど。

「これって人としてどうか」みたいな風なことに直面した時の、ありかなしかの判断の際に頼る、ものさし的存在になりかけてるとこがあるようなのだ。
何かあったときに、「これ優くんならどう捉えるだろうか」と考えちゃうことがある。この胸の中に、優しく強く、ちょっとナナメなとこもあるけど、あっつい情熱を秘めた、小さな高橋優が住んでいるわけ。

そいつに、「私はナシだけど、優くんはどう思うよ」と聞いてみるのだ。まあ返事はないが。

あっでも、大倉くんも一緒にその位置にいるのかもしれないな。

あの番組は、本当に二人ともリスナーの方を向いていて、良心的であった!


番組が終わっても、縮小サイズの彼らがあいかわらず胸の内にいて、時々活力をくれるのだった。ずっといるといいなあ。

2コメント

  • 1000 / 1000

  • yuki*

    2020.05.07 14:31

    @tomo♪いやーともちゃん、どこにいても推しは尊いもんだな・・。舞台は残念だったね。またあるといいなあ。ほんと、せっかく当たったのになあ!(涙)こんな時、大倉高橋のラジオがまだあったらよかったのになあと本気で思うね。いつ復活してくれてもいいのにね(笑)ちょっと早すぎるか。今みたいな時こそ、心の中のリトル優くん&たっちょんを必要としているよ。もちろん、自分で判断できるようなしっかりした人間になるに越したことはないけれど!
  • tomo♪

    2020.04.27 00:40

    まるるんの自宅らしき場所は、良い感じの部屋で、まるるんも変わらずキラキラしてたね。次回はきっと見に行けるはず。そう思うしかない(泣)高橋優のラジオ聞いたよー。なんだか、ホッとしちゃった。私も、優君ならどう言うかな?って無意識に思ってたかも。世の中の色んな事のとらえ方を信頼してたんだなー。あのラジオがなくなって、実はすごく困ってる。ちょっと心細いのよねぇ。